すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
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聞くこと・聴くこと

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人という字は、立っている人を横からみた形らしいです。
私の生まれて最初のアルバムの表紙は、ミレーの落穂拾いでした。
ミレーの落ち穂拾いをまず見てアルバムを開きます。すると、赤ちゃんですから、当然、誰かに身体を預けています。
アルバムの中の赤ん坊の目はいいます。信じています。
ページをめくると、立っています。人っていう字です。
やっぱり目がいっています。信じています。
名無しだった存在から、名で呼ばれ、お世話してくれた人たちがいて、立つことも笑うことも出来るようになったようです。
アルバムを開くことで、知ってきたことです。

今回の画像の花。花に目はありませんが、信じていますと、言っているようです。

香道でも、聞くといいますが、鼻で聞いたり、目で聞いたり…と、きくことは、耳だけでは無いようです。

昨日は、大阪へバッハの音楽を聴きに行きました。
バッハの音楽は、教会の建物と同じで、高い方へ高い方へ向って行くと聞いたことがあります。
笛吹きでもあられる福永吉宏先生が指揮をされている京都・バッハ・ゾリステン。この秋も京都の洛陽教会で、バッハのコンサートをされるようです。教会で聴くバッハです。きっとバッハさんも喜んでおられることでしょう。
京都・バッハ・ゾリステン
http://kbs.inter-art.gr.jp/

「愛ある眼」という谷川徹三さん(谷川俊太郎さんのお父さん)と谷川俊太郎さんの本を読んでいます。
そこには、ベートべーンが出てきます。

子どものころ、聖徳太子は、何人もの人の話を一度に聞くことの出来る凄い人だと思っていました。
やはり子どもの頃、耳が聞えないのに音楽を作れるベートべーンは凄い人だと思っていました。
音楽好きには聴こえるようです。世界の声が、うたが、聴こえるようです。…聖徳太子は、音楽のセンスもあったんでしょね。

きこうとするから、きこえます。
耳の穴から、ききたかったものが、身体に入っていきます。
この身体には、頭も心もあります。きこえるのは、耳を通して、この頭や心のようです。だから、音楽好きのベートーベンの心には世界の歌がきこえて、音楽が作れたように思います。

耳と心をすましてみようでは、ありませんか。
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by 555SUKIWA | 2009-06-10 15:30 | おと | Comments(0)
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