すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
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そして、聴こえたアイラブユー♪その3

二つの顔。なぜ?
巨匠ピカソのことば「私は対象を見えるようにではなく、私が見たままに描くのだ。」
山下和也さんに聞いたことば「自分のみたいものを描く。」

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数寄和大津ギャラリー休廊の火曜日。

問いかけと、応答を探しに、ふたたび、名古屋の地を踏んだのでありました。

鏡。
エンデの「鏡のなかの鏡」
ひとつずつ、独立しながら、不思議に関連した話の詰まった本。
エンデのカメ、エンデの龍。
先を見れる古代からの生き物である、カメを愛したエンデ。
雨乞いに応える、幸せの龍…。

山下和也さんの展覧会のタイトル「mirror image」
この展覧会へ寄せる詩を作ってブログ記事にしたのは、9月12日の事でした。

問いかけに対する応答が、あるのだろうか応答。
名古屋ギャラリー名芳洞blancの一室に、
「普賢延命菩薩」様(仏画)と「普賢新生菩薩」様(仏画)が並ぶ。
その向かいに二つの顔をもつ仏様の画。
この仏様、顔は二人分、手も二人分である。
胴体と脚は、一人分である。
顔に対しての手。胴体に対しての足。
顔には、頭がある。胴体には、心がある。
と、考えたらどうだろうか。
一人分の手には、花がある。
一人分の手には、お椀に小さな仏様。
どうも、一つの顔と小さな仏様は、母と子にも見える。
誕生の図にみえる。

なぜ、二つの顔が必要なのか?
生きている一人のひとは、向き合う人により、いくつかの様々な顔を持つ。
これは、鏡の作用で、母の私の感じ方・捉え方ということか?

山下和也さんの今展「mirror image」では、展覧会中に描かれている山水画が中央にある。
どこに、鏡の作用があるのか。
塔が水に映っていた…。

…ながく見ていると、紛れもなく、一筆一筆に向き合っていたであろう山下さんを感じ取れた。
山下和也さんの襖絵(水墨画)の蓮をながくみていた頃が、懐かしい。
あれから、作家は、30歳を過ぎたのである。新生菩薩様の制作を経た。

今展の新しい仏様の胴体と脚は、一人分である。
一人の人は、多くのことをできるのである。
二足歩行を始めた人は、頭(知恵)手によって、多くの働きをするのである。
けれど、このわたくしの心は、一つでありたい。
歩くべき方向は、その人の進むべき道である。
蓮の上に仏様の姿。
朝焼けのような、夕焼けのような、仏様の衣がまぶしい。

訪れた13日は、連休明けで、美術館などは、お休み。
ギャラリー名芳洞blancの方と、そして白土舎の方と、お話しをした。
(温かく力強い話ぶりに、多く頷きました。有難うございました。)
美術の世界を取り巻く人は、実にたくさん居る。
作家、評論家、美術館の人、新聞や雑誌の美術担当の人…多くのモノやコトがそれぞれ動きながら世界は回っている。
人々が、それぞれの自分の仕事と向き合いながら、この世界の、この瞬時がある。

歩こう、歩こう♪
いくつかの顔をもちながら、アイラブユーの心をもちながら♪
歩こう、歩こう♪ (つづく)


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山下和也展「mirror image」
9.29(火)~10.18(日)
ギャラリー名芳洞blanc

山下和也さんのブログ「よもやま解体新書」
http://blog.goo.ne.jp/kazuyajack/

ぴあ中部版10月22日号に記事がありました♪
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by 555sukiwa | 2009-10-14 15:52 | すきわ日和 | Comments(1)
Commented by 山下和也 at 2009-10-15 22:36 x
コメントありがとうございます。
ブログにも「森」という記事を載せましたのでまた御一読いただければ幸いです。
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