すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
メモ帳

芭蕉「新しみは俳諧の花」柿衞文庫開館25周年特別展

「旅人と我名よばれん初しぐれ 芭蕉」―笈の小文の旅立ちの宴(送別の宴)での句。
現代日本画家斉藤典彦先生の屏風作品「しぐれの」もご覧になれます。
芭蕉「新しみは俳諧の花」展~11月23日(月・祝)迄

柿衞文庫様のホームページ
http://www.kakimori.jp/
f0203477_18272659.jpg

この展覧会では、たくさんの関連事業が催されるようです。
11月7日には、「作品を語る 芭蕉を語る」作家座談会Ⅱが催されます。(有料、申込必要)
現代日本画家斉藤典彦先生や、大野俊明先生のお話も拝聴させていただけます。
徳島県立近代美術館専門学芸員の森芳功様が聞き手をなされます。
皆さまも、実りの秋の楽しみの一つである芸術・文化を味わいに出かけませんか。
現代も、多くの作家の方々が、芭蕉様の俳句に触発され、それぞれの表現をなされております。


「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉」
旅人であった芭蕉は、病床についても夢のなかで、枯野を走っていたようです。

芭蕉の笈の小文の序文からです。「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休の茶における、その貫道するものは一つなり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時(四季)を友とす。見るところ花にあらずといふことなし。思ふところ月にあらずといふことなし・・・」

さて、笈の小文序文に出てくる西行(1118~1190)の歌もご紹介します。
「つねよりも心ぼそくぞ思ほゆる旅の空にて年の暮れぬる 西行」
「今よりは花見ん人につたへおかん世をのがれつつ山に住まへと西行」
「白川の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を 西行」
「惑ひきて悟り得べくもなかりつる心を知るは心なりけり 西行」
「世の中を夢と見る見るはかなくもなほ驚かぬわが心かな 西行」
「春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり 西行」
西行の旅。西行の和歌。
そして―
芭蕉の句。
笈の小文の旅中、護峰山新大仏寺にて、
「さまざまのこと思ひ出す櫻哉 芭蕉」
むかし、爛漫と咲いていていた桜の花が、時もたち様々なことが変わりましたが、ただ一つ変らず今も盛りと咲いています。

「この道や行く人なしに秋の暮れ 芭蕉」
何処までも続く秋の道、その先を見ても後ろを見ても旅人の姿はありません。

旅人であること。孤独と向き合うこと。モノと向き合うこと。心と向き合うこと。

f0203477_18281912.jpg

昨日お越し下さったお客様と、阿修羅展の話をしました。
夜、宮澤賢治が俺は一人の修羅なのだと歌っていたことをおもいだしました。

心象スケッチ 春と修羅より 「春と修羅」
心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の濕地
いちめんのいちめんの諂曲模様
(正午の管楽よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
碎ける雲の眼路をかぎり
れいらうの天の海には
聖玻璃の風が行き交ひ
ZYPRESSEN春のいちれつ
くろぐろと光素を吸ひ
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
(かげらふの波と白い偏光)
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(玉髄の雲がながれて
どこで啼くその春の鳥)
日輪青くかげろへば
修羅は樹林に交響し
陥りくらむ天の椀から
黒い木の群落が延び
その枝はかなしくしげり
すべて二重の風景を
喪神の森の梢から
ひらめいてとびたつからす
(気層いよいよすみわたり
ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSENしづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずえまたひかり
ZYPRESSENいよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ

宮澤賢治の「どんぐりと山猫」では、山猫とどんぐりたち(誰が一番偉いか答えの欲しいどんぐりたち)をみて、まるで奈良のだいぶつさまにさんけいするみんなの絵のようだ―と山猫から葉書をもらい、仲裁に来た一郎は思います。
「このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ」一郎からの知恵で、山猫は、どんぐりたちに言います。
一番偉いのは、一番偉くない人…。
俺はひとりの修羅なのだという賢治。
西行よりも、芭蕉よりも、後の時代の人の賢治。

f0203477_18345096.jpg

これからも孤独と向き合う人が、現れるでしょう。
[PR]
by 555sukiwa | 2009-10-25 18:35 | ことば | Comments(0)
<< らぶりぃ♪ まいた種子が芽吹く、花から実へ... >>


最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
第1回三井寺句会完了!!!
from Ban'ya
瀬田の唐橋へ 数寄和で揮毫
from Ban'ya
「鳥」 「風」
from magnoria
ライフログ
検索
うずら卵
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧