すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
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すきわ庭の木蓮(…そして聴こえたアイラブユー♪その8)

毎年、楽しみにしている木蓮の花。蕾を鳥が食べ始めたり、咲いたと思ったら春の嵐に出会ったり…。
それでも、一日中、美しく咲く日には、ついつい眺めています。
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ブログ版すきわ草子をはじめて、約1年がたちました。
昨日は、新しいスタッフ候補の方々が、遊びにきてくれました。
少しの間でしたが、墨と筆遊びを一緒に愉しみました。
現在、数寄和大津ギャラリーに展示してある作品は、
日本画家の森山知己先生の水の記憶シリーズや、
亀井武彦先生の「月」などの墨描シリーズです。
積極的に、自分の目の前にあるモノと関わろうとする人たちは、
観ることで、不思議に思うこと(疑問)が、生まれるようです。

墨と筆の間には、水があります。というと、意味不明ですが、
墨は、水に溶かして、初めて、筆に含ませることが出来ます。
墨と筆が仲良くなったら、かみの登場です。
一枚の手すきの紙の存在にも、水が大きく関わっています。
水の存在の大きさは、木蓮の花をみていても感じます。
そして、太陽の光も生きものにとって欠かすことの出来ないものです。
お日さまが、季節の光を射す中で、その季節ならではの花が咲きます。
…眼に美しい鼻に香しい花、そして旬の野菜を味わっている私たち。
陽ざしのある日も、そして慈雨のある日も、なんだか笑顔になりますね。
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大切なお知らせです。
西荻窪にある数寄和の詩を聴く会のお知らせです。
プロジェクト「La Voix des poe`tes 詩人の聲」
天童大人プロデュース シリーズ第478回
出演 稲葉真弓
日時 4月17日、(明日♪)
ご興味のある方は、数寄和ホームページをご覧いただけると有難いです。
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(画像は、2年前の木蓮花)
追記4月17日
ブログすきわ草子の昨春の記事には、「以心伝心カタチの考察」というタイトルの記事がありました。
ワーズワースの詩「水仙」について書かれています。
水仙の花言葉が神秘だと書いています。
自分が打った文章ですが、1年たつと、自分から少し遠くになります。この自分というのは、おそらく現在の自分自身に他なりません。いったい自分とはどういうものか?と思い悩む思春期では、変化を受け入れがたいことも多いように思います。
変化できることは、成長している証だと思うのですが、如何でしょうか。
ただ、よい方向へ変化していることも、悪い方向へ変化していることもあるでしょう。よい方向に変化したいのですが、どうしたらよいでしょうか。

少し話が飛んでしまいますが(苦笑)、お話の面白いところは、実際には経験していなくても、その書かれてある事柄について、考えを深めることができます。
水仙というとギリシャ神話を思い出す人が多いのではないでしょうか。
―水に映った自分の姿(カタチ)に恋した美少年ナルキッソスの想いは、応えがなく、そのまま憔悴して最期を迎えます。
そして、水辺でうつむきがちに咲くスイセンに生まれ変わります。―
これだけですと、登場人物が独りですね。ギリシャ神話は、大変面白く登場人物も多く、少し長いお話です。話を少しだけ戻しますと、
―女神ヘラを怒らせて自由に話すことが出来なくなり、話す相手の最後の一行を繰り返すことしかできなくなったニンフのエコー。エコーは、美少年ナルキッソスに恋しますが、自分の気持ちを話すことはできないのです。
その為にナルキッソスに愛想をつかされて、悲しみのあまりに声だけになり、人の声を繰り返すだけの存在となります。
神は、エコーを哀れにおもい、ナルキッソスに罰を与えます。泉に映った自分に恋するという報われない恋です。
山びこのエコー。そして自惚れのナルシストという言葉は、このように生まれたようです。私たち、人は繰り返す声だけのエコーではありません。
お話をどこから始めるか?伝えたいことは何か?お話をつくる人は考えることが出来るのです。

さて、飛んでいた話を繋げていきたいのですが、数寄和の壁面に展示させていただく一枚の絵、そしてひとひらの書。平面であらわされたカタチ…美術の話です。
カタチを作る人は、カタチに拘り、美とは何か?について考えている人たちです。
美の秘密や神秘について、考えている人たちです。
制作された作品(仕事)に、その作家が、その時点で感じていた美に対する何らかの答えが出されているように思います。
その作品にふれることで、お話とは違った何か、また、共通する何かを感じることができそうです。

絵という目にみえるモノが存在しています。
目に見えますが、誰かの手によって、つくられた世界です。
いわゆる声は聞えませんが、観る人が対話できるカタチ(存在)があります。
好きな作品から、アイラブユーと聴こえてくる時がありませんか?
美術作品に触れて、涙を流している人をみると、その人にはアイラブユーと聴こえているように思います。
それは、何故でしょうか?
もちろん、美術は、音による音楽とも、言葉による文学とも違います。けれども、仲間です。思いや技術がカタチ(芸術作品)となります。作家が思いや技術をカタチとします。
芸術作品には、観る人にアイラブユーと聴こえるような神秘的な力があるように思います。
だからこそ、生きる希望をなくした人さえも、前に進んでみようという気持ちになり得るのではないでしょうか。

随分長くなりました。さて、今年度は、どう歩いて行きましょうか。
(来春、この記事をみて、どう感じるのかしら…?…!!)
・・・もう一枚木蓮。今日4月17日の木蓮の画像です♪
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by 555sukiwa | 2010-04-16 14:52 | すきわ日和 | Comments(0)
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