すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
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違いを感じ取る心

「人は、一人です。」「人は独りです。」
孤独とは、自分の思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もないことを言います。

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伝三Fさんのパントマイムを観る前に、私は、伝三Fさんの師匠のヨネヤマ・ママコさんのパントマイムを実際に観る機会がありました。
垢ぬけたマイム。艶がありました。華麗な動きがありました。

伝三Fさんのマイムにも、艶や垢ぬけたイメージの強い作品もあります。
けれど、伝三Fさんのマイムは温かさが際立っているように思います。
伝三Fさんにしか出来ない伝三Fさんのオリジナル・マイム。

海を越えて来た文化・芸術がこの日本で熟するのに、どれだけの時間や、そして、どれだけの本気の人が必要だったのでしょうか。
見えない嗚咽や、聞こえない罵声や、そのような事柄も含め舞台が成り立っていると思うのは、若輩者の私だけではないことでしょう。
映画「天井桟敷の人々」を観ていても見えない嗚咽や聞こえない罵声を感じます。
こんな事を考えると人生は、孤独であるとも言えます。
しかし、本当にそうなのでしょうか。もう少し心を使って考えたいと思います。
人は、なぜ孤独を感じるのでしょう。
なぜ、独りなのでしょう。

もしも、人が「ひとり」でなく「二人」であり、とっても幸せで満足なら、織姫と彦星のように、生産的な活動(仕事)が進まなくなるからかも知れません。時間と生産活動のしくみから、逸れることになりかねません。生産性のある活動を取り戻すため、一年に一度だけあうことになった織姫と彦星。星もまた、時間との関わりで、巡っています。
星の世界にも似た人間模様というような様々な関わりにより、「人は一人」を可能にし、生産的な活動(仕事)が、出来るのかも知れません。

マイムには、古代ギリシャ語のミーモス(真似る、模擬する)という意味合いがあり、やはり、身体でお喋りする為には、真似ることが大切なことのようです。
真似ることで、相手の心を感じ取ったり、相手と自分の違いを感じ取ったり、相手の良さを感じ取ったり出来るように思います。

幼い頃、お習字をされた方や、ピアノのレッスンをされた方も真似ることから、始められたと思います。お習字やピアノだけではなく、書道や華道、茶道とそれぞれの道のつくものも真似ることから、始まります。
数寄和に関わりのある日本画の基礎に、模写することがあります。これも真似ることです。
真似る事は、其々を会得する為にも大切な事ですが、何よりも「人は独りである」という感じ方から解き放たれ、「人は一人である」へと進むプロセスのようにも思います。
違いを感じ取る心・違いを認める心があって「人は独りである」ではなく、「人は一人である」と言えるように思います。
師匠と弟子。親と子。学び終え、巣立ちます。さらなる一期一会を目指してー。


8月に伝三Fさんのパントマイムが、京都国立近代美術館であります。

☆お知らせ
パントマイミスト伝三Fさん
ジャズピアニスト 金谷こうすけさん
ちこんき(蓄音機)ディレクター 川村輝夫さん
8月16日京都は岡崎、近代美術館にて
「パントマイムと手巻き蓄音機、そして展覧会の絵」

詳しくは、下記をご覧ください。
http://www.momak.go.jp/Japanese/education/2009/purattoKinbi.html

★すきわ草子の記事「伝三Fさんのパントマイム」。ご覧いただけますと幸いです。
http://www.sukiwa.net/otsu/otsubbs/news/2009/070301/index.html

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by 555sukiwa | 2009-07-29 13:48 | ひと | Comments(0)

こんちくしょう!

特に腹を立てたときに発する言葉である、「こんちきしょう。」
でも、それだけでも無いように思います。

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日本画家森山知己先生と、岡山は倉敷でお会いして、
おねだりしたトウモロコシが、送ってきました。
縁という言葉を大切になされる先生は、数寄和大津ギャラリー開廊の時から、私に色々と教えてくださる方です。
育つということを信じて私に時間をいつも下さいます。

生き生きとしたトウモロコシ。
生で食べられるトウモロコシを、うちの若いスタッフたちと、身内と、つまり縁のある人たちと、共に楽しみたいと思います。

縁のある人とは、目には見えなくても、すでに手をつないでいるのでしょう。
何か分からないけれど、それは、
私が生まれる前から縁という言葉があったように、
自分が決めることではなく、自分が決めれることではなく、
ただ、出来ることは、せっかく出会ったのだから、出会ったことを大切に出来るように
出会えて良かったねと自分も相手も思えるように私自身が努力していける方がよいという事でしょう。

丸い地球、この繋がるカタチによって縁というものの存在に気付くことも出来ます。
実際には見えない縁というような物事を大切にすることで、それまでとは違う何かが生まれるのかも知れません。

森山知己先生。
縁について、私なりに考えましたが、どうでしょうか。


森山知己先生のHP
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/

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まん丸顔のアンパンマンのお好み焼き。
今日は、この食べた半分を力に頑張ろうね。
明日も、こんちくしょう!と、仲良しでいよね。

ヒーローにもいろんなヒーローがいます。
アンパンマンには、喧嘩友だちのようなばいきんまんはいるけれど、
生命かけて戦う敵がいないのは、どうしてなんでしょう。
まさか、顔がまるいから??


付記
前回のブログの記事に出てくる「走れメロス」の作者太宰治の言葉には、
「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」があります。
いつの世も、待つ身も、待たせる身も、つらいのですね。
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by 555sukiwa | 2009-07-26 13:05 | 美味 | Comments(2)

いつか王子様が

太宰治。お伽草紙。走れメロス。
若々しい元スタッフ2人との会話を思い出す。
「さぁ、私も君たちの仲間に入れてくれ」って、王様は言ったよね?


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「さぁ、姫。この金貨で好きなものをお好きなだけ。姫は美しいお心ですから、若い芸術家を応援したいのでしょ?」
「まぁ、王子様。なんて心の広い方!」
そして、姫はたくさんの芸術作品を買いました。
なんたって心の広い王子様のお城です。たくさん飾ることができました。
若い芸術家たちは、食べることに困りませんでした。
着る服にも困りませんでした。なんにも困りませんでした。
なぜか作品は、姫の好きな桃色のものばかりでした。
姫以外の人には、もはや芸術はなんの意味も持ちませんでした。


「太宰のお伽草紙は、おもしろいね」っと、元スタッフと話したのは、2年前の夏。彼らがマレーシアに行く前だったと思う。
私には、別に、心うった太宰の言葉があると言ったような…
「わびしさ。それは、貴重なこころの糧だ。」

芸術を愛する人にお金持ちはあまりいない。
なぜなら芸術はすべての人のものであるからだ。
だから、桃色の作品ばかりが出来る訳ではない。
生き方が作品を形づくる。心打たれるさまざまな作品。

数年前、若い作家と偶然会って、一緒にお茶をしたときに、鞄から出された小さな小さなパンをいただいた記憶がある。移動中にお腹が空いたら食べると聞いた。旅人みたい人やなっと思った。この人から、すごい深い緑をみたと聞いた。私には、もう旅人にしか見えなかった。きっと不思議で素敵で観飽きない絵が描ける人だと思う。

わびしさを人の心を打つ作品と変換できる若い芸術家がいる。
心から上手く育って欲しいなっと、思う。
途中で息切れしないで欲しいなっと思う。
私にお金がいっぱいあったらなっと思う。
でもお金より、心を打つ美しいものが世界中の一人一人のひとに一つずつあったら…そんなことを願いたい。
信の中に不信がある。不信は頑固であるが、信の中の一部。信がないと不信は無い。
メロスが友情を信じ走ったように、走る。歩く。メロスの信が、王様の不信を砕いた。
世界は、明日と今のこの瞬時が、繋がりつづく。


明日に希望を持とう。
私の仕事は、数寄和大津ギャラリーで、絵を素敵に伝えること。
目の前にいっらしゃるこの方には、この絵が素敵に観えるだろうと、気がつけること。
手渡せること、手渡す努力をすること。
自分に希望を持とう。
必ず出来ろと信じよう。
明日に 希望を 夢を持とう。

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by 555sukiwa | 2009-07-23 12:22 | すき!和 | Comments(0)

画をおもう

本社の雑感にメロンの画像が載っていました。
本社新人Mさんと画像について話しました。
画像は社長が撮ったということでした。
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日本画を大好きな社長の撮ったメロン。
美味しそうです。
食べられなかったことに文句はありません。
この画像で食べた気分になりました。
味わうことが、出来ました。

日本画は、美しい発色の絵の具をつかいます。
日本画は、水と関わりが大きい画です。
日本画は、季節を楽しみます。

社長、さすがですね。離れていても、届きました。
数寄和が皆様にお伝えしていきたい日本画についてです。

恐ろしい地獄や極楽ばかりが日本画では、ないのですよ。

この夏、私も枇杷を描いてみる機会がありました。
みずみずしさを、どのように、工夫するのが、日本画なのか??
日本画の良さも少しずつ分かってきました。

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★お知らせ
数寄和大津によく遊びに来て下さる、ピアノ弾き松竹大介さんの新しいHPが出来たようです。
9月1日は、吹田メイシアターで、コンサートがあるようです。
詳しくは、後日お知らせいたします。
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by 555sukiwa | 2009-07-19 13:29 | 美味 | Comments(0)

大好きな人は?

友だちのブログの今日のタイトルは、一番好きな人は?です。
大好きな人は?に変換して、亀井武彦先生のハガキ「よきひびを」でお便り!

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だいすきなひとへ
なかなかあえませんが よきひびを おくってください♪
わたしも、まいにち えがおで がんばります♪
だいすきなひとのだいすきなわたしより
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by 555sukiwa | 2009-07-18 14:00 | ことば | Comments(2)

こんちきちん 2009

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祇園祭。宵宵宵山。
長刀鉾は、今年も同じ場所で、真夏のような青空の元に、
勇ましくありました。







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蓮。

今日の青空。
夏空。

小さいことには、くよくよしないこと。
一番大事なのは、自分、自分らしく生きなさいと教えた人が
夏空の向こうにいます。

空の向こうには、竜宮城があって、
美しいカメ姫もいることでしょう。
いつか竜宮城に行きたかったけれど、
拙者はまだまだこの世の修業の身。
空ばかりみているのは、やめましょう。

(自分らしく…。難しいな~。
まぁ、笑う門には、福来るということやな。
難し顔はや~めよっ!
そうやで、それでいいんやでと聞こえた気がします。)
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by 555sukiwa | 2009-07-15 13:56 | 美観 | Comments(0)

はとぽっぽ

京都は、本願寺さんには、鳩がいっぱいいます。
いつの時代から、お寺に鳩がいるんでしょうか。
いつの時代から、公園に鳩がいるんでしょうか。

さて、花鳥画。花や鳥を描くという行為は人類の歴史とともに古いといわれます。
中国においては六朝期から唐代にかけて認識され、
唐末から五代時代にかけて最初の体系化がされました。
その後、朝鮮や日本に広まった絵画です。


   あっ! ケーキ♪ここにも、ぽっぽさんの姿が。
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     焼りんごを食べ…

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   大好きなお茶をいただき…
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   そして、少し強気のポッポさんとなりました♪
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by 555sukiwa | 2009-07-11 11:28 | ピクチャー | Comments(1)

蔵のある町の風景

海老洋先生の2006展覧会「鳰海(におのうみ)心象」では、
近江八幡(滋賀県)の蔵が描かれた作品。
先ほど、行った倉敷(岡山県)にも、蔵がたくさんあります。
蔵のある町の風景。

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単に蔵とよばれることが多い土蔵は、日本の伝統的な建築様式のひとつで、外壁を土壁として漆喰などで仕上げられるもののことです。
この様式で作られた建物は土蔵造り・蔵造りなどといわれます。

近江商人とは近江で商いを行う商人ではなく、他国へ行商した商人の総称です。それぞれ高島商人、八幡商人、日野商人、湖東商人などと呼ばれました。近江商人の理念「三方よし」は、売り手よし、買い手よし、世間よしを意味します。売り手・買い手のみならず、社会的に正当な商いや行商先での経済的貢献をいいます。
豊かな水のある近江。「鳰海(におのうみ)」は、琵琶湖の古称です。
風景も豊かだったからこそ、作家が、画にしたり、歌にしました。
豊かな風景で変わらずあってほしいと思います。


倉敷(岡山県)には、白壁の美しい蔵が建ち並んでいます。
物資が集積する場所を意味する「倉敷地」が名前の由来のようです。
江戸時代から明治時代にかけて大商家が蔵を次々と建てたようです。
倉敷は、蔵を保存し、蔵のある風景を大切にしている町のようです。

町の景観。町の風景。
自分の生まれた時の、町の風景を覚えていますか?
風景が少しずつ、様変わりしました。
伝統や文化、大切にしたいものですね。

★海老洋先生の展覧会のお知らせ
富山県朝日町立ふるさと美術館で、8月開催予定です。
HPアドレス http://www.town.asahi.toyama.jp/buntai/index.html
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by 555sukiwa | 2009-07-08 16:17 | 美観 | Comments(0)

筆のはなし、硯のはなし

天来書院さんから、DVD「筆を極める」「墨を極める」等が出版されました。
日本画家の森山知己先生には、筆の話をよく伺います。

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明の時代は、書でいうと長条幅という作品の様式が盛んに行われるようになり、掛軸の体裁に仕立てて、壁面にかけて鑑賞することが流行したようです。
この時代に流行り、日本では江戸の中期より広まった仕立てを明朝表具と呼びます。左右の端に縁(明朝)をつけて仕立てます。

明の時代は印を刻すということも、文人が用いるものは自らつくるということが行われるようになり、こうして新たに篆刻という芸術が興隆したようです。
中国から伝わったままの形を文人表具と呼び、日本で独自の様式を大和表具と呼びます。
(参考:中国書道事典 天来書院発行)


♪きんらんどんすの 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
文金島田に 髪結いながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
あねさんごっこの 花嫁人形は 赤い鹿の子の 振袖着てる
泣けば鹿の子の たもとがきれる 涙で鹿の子の 赤い紅にじむ
泣くに泣かれぬ 花嫁人形は 赤い鹿の子の 千代紙衣装♪

♪大正時代の童謡「花嫁人形」(蕗谷虹児作詞)で、なじみ深い金襴。

金箔糸を織り入れた金襴は、中国では、織金と呼ばれるようです。宋の時代より織り始められたようです。
それ以前や、羅・紗・綾地に施された印金。金箔を貼って紋様を表します。中国では銷金(しょうきん)と呼びます。


画像は、天来書院さん発行のDVDと、明治初期の墨と、現代の鉄斎と、一ツ亀という名前の墨です。

いろんな時代がありました。
いろんなモノが流行りました。

現代も多くの人が、書画をたのしみます。
文房四宝とも呼ばれる筆・墨・硯・紙という道具や、日本画材。
作品を引き立てる表具。
もっと、もっと、楽しみませんか。


★天来書院様ホームページ
http://www.shodo.co.jp/tenrai/
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by 555sukiwa | 2009-07-06 14:09 | かたち | Comments(1)

岡山へ行ってきました♪

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森山知己先生のホームページで紹介されている
「朝鮮王朝の絵画と日本」展を岡山県立美術館へ観に行きました。

「晴れの国 おかやま」。岡山県は、1989年からは、降水量1mm以上の日数が全国最小であり、そう呼ばれるようです。梅雨の時期ですが、やはり晴れでした。

たくさんの作品がありました。
作家と会った事は、ありません。
作家が、そのとき、何をみて、何を考えていたのか?
目の前に作品はあります。
作品を通して、作家とも出会っているのでしょう。

トラの絵。
展覧会前から、気になっていたトラ。
民画のトラ。
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団扇に胡瓜とトラの親子をかきました。
(誰ですか?ねこだなんて!トラです♪)
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by 555sukiwa | 2009-07-05 19:07 | ピクチャー | Comments(2)


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