すきわ草子


「急がば回れ」勢多の唐橋に程近い数寄和大津の物語をつづります。
by 555sukiwa
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空の線と、京都タワー

空を見上げると、線。
ひこうき雲は、書や水墨画の線と同じく時間がたつと広がります。書や水墨画の線と違い消えるのであります。
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海のない京都のまちには
甍の波があって
その昔は
屋根に上ると
大文字も見えていた、
と言う。

十年ひと昔。
今は、
昔の物差しのメモリは、何年だろう?
と、
ふと思う。
京都駅から出てくると、
いつも目の前には
まちの灯台と言われる京都タワー。

今日、
そこから、しゅ―っと、ひこうき雲が伸びていた。
消える前に
と、
デジカメを
取り出す。
ピンボケは、消す?消さない?
(思い出は、消す?消さない?)

あっと、言う間に、
ひこうき雲がカタチを変え、
消えていく

京都タワー。5月6日のすきわ草子の記事「花頭窓は、火灯窓とも呼びます。灯りって?」には、夜の京都タワーの画像があります。夜の京都タワーや、雪の日の京都タワーは、まさに、灯台って感じがします。
五月だというのに大雨が数日つづきましたが、この数日、五月晴れが続いていますね。(あ)
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すぐに消えるひこうき雲だけではなく、空に浮かぶ雲は、変化しつづけています。
また、海を渡る波も、カタチを変え続けています。

数寄和(SUKIWA)では、いよいよ、「西川芳孝展  絹に描く2」が始まります。
日本画はどんな紙や絹に描くかで作品の仕上がりが違ってきます。
また、ギャラリーの壁面は、展示される作品によって、表情が変わります。
当たり前のことのようで、不思議なことでもあります。
今回の展覧会は、どのような、空間となりますでしょうか。
どうぞ、数寄和へと足を御運びいただきますよう、宜しくお願い致します。
詳細につきましては、
数寄和(すきわ)ホームページか、
数寄和大津ホームページにて、ご確認頂ければ幸いです。
http://www.sukiwa.net
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by 555sukiwa | 2010-05-30 13:10 | ピクチャー | Comments(1)

伝えること・学ぶこと(平仮名ひらがな「み」のもとになった漢字は「美」です。)追記あります。

かなは、草書体をさらに崩して、出来たものです。
女性の名前に、よく使われる「美」。
この「美(み)」は、羊と大により出来ています。
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羊は、家畜の一種であり、そして神へ供えるいけにえ(犠牲)であったようです。
ひつじ、ひつじへんの字、どんな漢字があるでしょうか?
養、義、美などがありますね。
義は、神への犠牲(いけにえ)の羊が、うつくしく完全であることを示したようです。
羊が、成熟して美しいことを示すのが美のようです。
羊と大で美しい。なるほど、納得ですね。
美には、うまいとか、よいとするの意味もあります。
平仮名「み」。美のつく名まえを思い浮かべます。
ひろみ、かずみ、やすみ、まさみ、みどり、みさと、みわこ、みか、みきなどなどがあります。
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今年も、数寄和大津ギャラリーの前の植え込みのエゴノキが白い花を咲かせました。
岡山在住の日本画家森山知己先生のブログに、先生の毎年見ておられる岡山のエゴノキの画像がありました。
動かない植物をみながら、その根について考えます。
しっかり、時間をかけて根をはった木。
絵描きの人が、題材にする木や花。
美しい木々を観ながら、そして、その季節に咲く花々を観ながら、頷く私です。
森山知己先生のホームページ
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/

今朝、若山卓さんのブログを拝見したら、「馬の絵を描くこと」というタイトルの記事がありました。
記事を拝見しながら、平面作品の絵画を制作することは、木が根をはることと似ているような気がしました。
表面(うわべ)には見えてはいないけれど、時間をかけ、しっかり根をはること…そのような、底の力が、観る人が美しいと感じる作品の力となってくるように思います。
「カラスときこり」
http://wakayamataku.gunmablog.net/

数寄和ギャラリーで、昨夏に開催させていただいた「三浦幸子 猫の時間(とき)」展。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」の挿絵も描かれたことのある三浦幸子先生。
さまざまな姿態の猫の作品は、イタリアンレストランBiCE TOKYOで5月30日より展示されます。

三浦幸子先生、森山知己先生、若山卓先生と、お三人とも数寄和ホームページに作家紹介がございますので、ご覧いただけますと、幸いです。
また、西荻窪にある数寄和では、5月29日は、詩を聴く会も催されます。
プロジェクト「La Voix des poètes 詩人の聲」
天童大人プロデュース シリーズ第495回
出演 白石かずこ
そして、6月5日からは、「西川芳孝展  絹に描く2」が始まります。
初日と、6月6日には、数寄和も参加している「西荻茶散歩」が開催されてます。

どうぞ、数寄和ホームページをご覧ください。
http://www.sukiwa.net/
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追記5月27日
(ここのところ、考えていることです。)
何かを、伝えるということ。
文字の発明。人と人が、共通認識できる言語。
言葉を持とうと努力した人類の歴史に思いを馳せると、人は自分以外の人とコミュニケーションを持とうとしたことは明らかだと思います。言葉だけではなく、人から人へ、心から心へ、伝えること、伝わってきたことが実にたくさんあるように思います。
美しい自然界では、生命の物語が刻々と刻まれています。
生命。不思議で美しく感じるもの。
世界では、生命が、うまれています。
同じように、生命が、なくなってもいます。
生まれることは、嬉しいこと。
なくなることは、悲しいこと。
悲しく感じるのは、会えなくなったという現象から感じることでもありますが、残っている人がこの世界が美しく思えているからかも知れません。
そうだとすれば、誰かがなくなったことを悲しむことは、当然ともいえましょう。

今日、嬉しいことのあった私。地球の裏側では、悲しいことのあった人がいるかも知れません。
昨日、寂しかった私。遠く離れた地では、幸せな時間を過ごす人がいるかも知れません。
地球って大きいな…って感じます。
世界って広いな…って思います。
宇宙となると…………!!!!!!!!!

違う経験や知識、そしてやはり違う感性である人同士が、喜怒哀楽の感情を伝えるためは、どうしたらよいでしょうか?
何故、嬉しいのか?なぜ、悲しいのか?なぜ、さびしいのか?
伝える側の人が、感情を整理しながら、伝えたい思いを、何らかのカタチにすることで、伝わる可能性が出てくるように思います。詩であったり、音楽であったり、数寄和ギャラリーに展示している平面作品であったりもします。他にも、色々な方法があることでしょう。
言葉による会話である場合もあるでしょう。じゃ、伝えましょうか?
伝えたくない!!と思う人。なぜ、伝えたくないのでしょう?
どうせ解らないのだからと思いますか?
無駄だと思いますか?
個人の悲しみを、他人に言っても仕方ないと思いますか?
今は、悲しみの中だから、暫く、そっと、しておいてほしいということでしょうか?
…悲しみって、心の怪我のようなもの…そんな風にも思います。
今は、そっとしておいて欲しい人の心は、傷口が、ちゃんと治るまで、そっと、そっとしておきたいものです。
怪我の傷口が痛むときに「いたいよ。」というように、
悲しみも、言葉になるときには、「かなしいよ。」と言えばよいように思います。
悲しみを、怪我と一緒にしましたが、どうでしょう?
怪我や病気をしたときに、どうしますか?
治るのには一定の時間がかかります。そして、今のカラダの状態にあった栄養が必要です。
悲しみが治るためにも、今のココロの状態にあった栄養が必要だと思うのですが、どうでしょう?

人は、コミュニケーションする動物です。
もし悲しかったり寂しかったりするのでしたら、少し窓を開けて、外の空気やお日様の光を入れてみませんか?
お水を少し飲んでみませんか?
光と空気と水。当たり前すぎて、気づきにくいのですが、私たちは、光と空気に包まれています。生命体がお水によって、維持されています。
少し、散歩にでかけませんか?
少し、お茶を飲みませんか?
私たちのカラダには、お水が70パーセントもあります。
少し、音楽でも聴いてみませんか?
少し、絵でも、観てみませんか?
少し、詩でも読んでみませんか?
私たちは、芸術を味わうことができます。

人っていうのは、今のその人に必要なモノをさまざまなカタチで吸収するように思います。このことを、学ぶ・学びという呼び方もできるのではないでしょうか?

私が、今、学んでいること…少しづつ言葉にしています。
私の関心ごとの言葉。言葉に拘っている私は、悲しみも感情のままではなく、なぜ、悲しかったのかを言葉にして、伝えてみようと試みます。
これは、英語圏で生まれ育っていない私が英語を話すことが可能になるには、英語を知っている人が伝えようと努力して下さって、そして、私が学ぶ姿勢を持ち成り立つことと似ています。

ブログすきわ草子の拙い記事。
読んでくださっている方に、お伝えしたい事がたくさんあります。
拙い内容から何かを感じ取ってくださる方。感謝です。
伝えること・学ぶこと…、この世界が美しいと思うのですが、いかがでしょうか。
かなしみも、また―。                                      (あ)

追記の付記5月28日
お天気の呼び名には、さまざまなものがあります。
晴れ、曇り、雨…。
快晴と、晴れと、曇りは、雲量で決まるようです。五月晴れとか、花曇りは、季節を意識した空模様の呼び方ですね。
雨はたくさんあります。例えば…にわか雨、地雨、驟雨、霧雨、五月雨、梅雨、時雨、豪雨、雷雨、涙雨、私雨、甘雨、慈雨、そして雨のつかない夕立ち(白雨や驟雨ともいうようです)や狐の嫁入り(天照雨というようです)もあります。雨は、空気中の水蒸気を起源としますが、液体の状態だけを経て降る雨を温かい雨と呼ぶようです。冷たい雨は、液体と固体の状態を経て降る雨のことのようです。この中に、雪があります。
雪の呼び方には、綿雪、べた雪、粉雪、霧雪などがあります。

感情の一つの悲しみ。雨や雪のように、やってきます。
しとしとであったり、じめじめであったり、ぽつぽつであったり…。
田畑を耕し、米や野菜をつくった日本では、雨を甘雨や慈雨という呼び方をする時があります。
「悲しみ」を、うまく表現された芸術に触れた時に込み上げてくる、感情。
例えば、歌をきいたり、映画やお芝居を観た時に、流す涙があります。これは、慈雨や甘雨のように、心を潤します。
かなしみも、また…生きている私たちに大切な感情なのかも知れません。(あ)
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by 555sukiwa | 2010-05-26 15:22 | すきわ日和 | Comments(0)

急がばまわれ

「もののふの矢橋の舟は速くとも、急がば廻れ勢多の長橋」連歌師の宋長が詠みました。
そこから、「急がばまわれ」の諺が生まれたようです。
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旅人が、京へ上るのには、どうしても琵琶湖・瀬田川を渡らなければ着きません。
草津の矢橋と大津の石場を結んだ航路。
そして瀬田の唐橋を渡る陸路。
一見速く思われた水上交通は、天候により、琵琶湖の波の高い日もあり、不安なときもあったようです。
その為、安心な陸路を行く方が、速い場合もあったようです。
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瀬田の唐橋を渡っていると、ボートが目に入ります。
瀬田川を、ボートですすむって、私には、すごくステキに映ります。そして、ときどき、デジカメを取り出し、瀬田川の風景と共に、撮りたいと思うのですが、なかなか難しいものです。

レガッタ。
その昔(と、言っても、気の遠く成る程の昔ではありません!!)、
瀬田の唐橋西詰で、
「瀬田川は、どこですか?」と応援の方?に訊かれました。
「此処です」
「此処?」
(丁度、島のある処ですから、死角となって、見えている川の小ささに驚かれた様子です。)
「此処ですが、此処はちょうど、島があるので、少し瀬田の唐橋を渡ると、大きな川である瀬田川が見えます。」(…瀬田川は、けっして小さい川ではありません。宇治川、淀川と名まえを変え、大阪湾に流れ込むのです。)

芭蕉の詠んだ、瀬田の唐橋をご紹介します。
瀬田川の幅も広いと感じていただけることでしょう。
「五月雨に隠れぬものや瀬田の橋  芭蕉」

四季、それぞれの瀬田川の表情、瀬田の唐橋の表情があります。
これからの季節、瀬田の唐橋東詰では、かき氷とソフトクリームの美味しいお店もございます。
例年8月17日には、近江一の宮建部大社さまの夏祭りもございます。

ぜひ、数寄和大津ギャラリーへ足を御運びください。
6月26日からは、いよいよ「西川芳孝展  絹に描く2」がはじまります。
詳細は、数寄和(すきわ)ホームページをご覧いただけますと、幸いです。
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by 555sukiwa | 2010-05-24 18:39 | 近江 | Comments(0)

とらかい?会をはじめて半年がたちました。

水。墨と紙を仲良くさせるのには、お水が必要です。
地球の、人のカラダの、70パーセントが、お水で、
ヘレン・ケラーと言葉を仲良くさせたのも、お水だったと言われます。
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冷たい水の存在。コップの中の水の存在。コップと水は、別々のもの。ヘレン・ケラーに、その事を伝えたいサリヴァン先生。冷たい水が、自分の手の上を流れたとき、目の見えないヘレンには、それが何か最初は、わかりません。
サリヴァン先生が、水の存在を明らかにします。サリヴァン先生が「水」と文字をヘレン・ケラーの掌に書き、言葉を教えます。
ヘレン・ケラーの手に、文字によって、「何か?」と「水」という言葉が、繋がった瞬間が生まれます。サリヴァン先生と共通する認識が芽生えた瞬間でもあります。
水という一言がヘレン・ケラーに光と希望と喜びを与えた瞬間です。
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アレクサンダー・テクニークを学んでおられる旬子さん。
そして、若手作家の織田涼子さんと、数寄和のあが始めた「とらかい?会」。
今回は、その3人だけのとらかい?会となりました。

前に、山下和也さまに描いていただいたカエル。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん♪(しゅわっち!)
すごい速さで、描かれたカエルたち。(ひぃえ~…すごい~と言いたかったのですが、なまりました~♪)
…筆さばき。はやすぎて、もうっ!!わからないィ!!!なんて、文句とも思える川柳モドキがつい出た、山下さまの筆さばき。

今回は、私の記憶を織田さんに伝えて描いてもらって、それから私もやってみました。同じく出目金も描いてみました。「チャレンジ精神を高く評価してください」と一言書くつもりが、「イジワル」と筆が動きました。言い訳として…筆運び、えんやらこらさ、正直者♪っと、川柳モドキが出てきます(笑)
織田さんは、カエルを描いて、なんと、田植えと書かれます。旬の言葉ですね~♪
しかし………旬子さんの座右の銘「一寸先は闇」。あまりに奥深くてハテナハテナです~♪(笑)
…「一瞬にひかり~っ!」と叫びたくなるのでした。(笑)
…とらかい?会を始めた3人は、ちと、へん?ですね~♪♪♪
大丈夫かい?と御心配してくださった方々、大丈夫です。
カエルを描きながら、水の量について話したり、こっそり、素敵な言葉を書いたりもしたのですから。

言葉が共通認識出来るものであるように、絵もまた、共通認識出来るものであります。
とらかい?会で、皆で描いた、鳥獣戯画。
お題を決めて描いた絵。言葉。
紙のサイズで、画面をどうつくるか。
素材としての手すきの紙と向き合ってみたり。
墨や、筆について話したり…。

半年のあいだの学びを思い起こしながら、希望と喜びが、溢れてきます。
とらかい?会、なかなか、素敵な会です。
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☆西荻窪にある数寄和では、詩を聴く会が、5月29日に開催されます。
プロジェクト「La Voix des poètes 詩人の聲」
天童大人プロデュース シリーズ第495回
出演 白石かずこ

詳細につきましては、数寄和ホームページをご覧ください。
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by 555sukiwa | 2010-05-22 14:10 | かきぞめ日和 | Comments(2)

シルクロード(絹の道)、光の色。

蚕の繭からとった繊維を絹と呼びますが、この絹の生産は、古代中国よりはじまりました。
漢の時代には、養蚕の方法や織りが、かなり発達したようです。
古代中国の特産品であった絹が、中央アジアを横断する古代の東西交通路(貿易路)であるシルクロードを通り、広がります。
日本にも、弥生時代には、伝わっていたようです。
江戸時代には、生産量も、質も、たいへん発達していたそうです。
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さて、数寄和ギャラリーの壁面に展示させていただく現代日本の平面作品。
日本の絵画は、古来より、紙だけではなく、木に描かれることもあります。
そして、絹に描かれることもあります。
衣としての絹もありますように、絵を描くために織りあげた絵絹もあります。
表具用の裂(きれ)も、絹のものが多くあります。
絵絹の風合い。
光沢があります。
すきわ草子で、よく話題にした手すきの紙の味。
紙も絹もそれぞれのよさがあります。
持ち味を活かしながら、作家が素材と向き合うことで、生まれてくる作品があります。
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日本画の題材には、上記の画像のように、白い雪も、白い花もあります。
白い紙や白い絹の上に描かれた画面のなかの白。
そのようなことに思いを馳せてみると―、
雪のなかの花の存在、その花の根っこ辺りの土が気になるように、素材の存在が大切に感じられます。

先日話題にしました蓮の花ではありませんが、作家の手によって生まれた作品…。
平面作品は、その中に、大切なものが既にあるようです。

西荻窪にある数寄和では、
及川聡子展 「薄氷」 絹に描く1につづき、
6月5日より「西川芳孝展 絹に描く2」が始まります。
詳細は、数寄和ホームページをご覧いただけますと、幸いです。
東京展会期の6/5と6/6は数寄和も参加している「西荻茶散歩」が開催されいてます。
なお、大津展は、6月26日からはじまります。

人類の歴史の中に、実に多くのモノがあります。
それぞれのモノには、作った人の愛情があります。
美味しいパンにも、美味しいお茶にも、愛情を感じます。
人と人の間には、愛があります。親子愛、夫婦愛、兄弟愛、家族愛、師弟愛と、親しい関係には愛があります。しかし、愛というものは、、親しい人にだけではなく、その人自身から多くの人へと向けられたものであるように思います。仕事というカタチをとって、愛を伝える…多くの仕事は、そのようにもあるような気もします。はたして愛は、どのようなものでしょうか。
愛という具体的ではないものを、作品としてカタチにする人たちを作家とか芸術家と呼ぶのではないでしょうか。

よい絵だな…と思うモノには、作家の愛を感じます。
よい音楽だな…と思うモノにも、愛を感じます。
そして、もちろん、よい文学作品にもです。

親しい人同士の愛。永遠の愛だとよいのですが、幸せばかりが続くのが人生では無いようです。
暗い画面にも、微かに光があります。そして絵の存在を感じます。
光よ!っと、叫ばなくても、静かな画面が、そっと光の存在を定かにしてくれます。
この中に、愛があると感じます。
芸術は、人にとって美味しいパンやお茶と同じぐらい必要なもののように思うのですが、如何でしょうか。
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by 555sukiwa | 2010-05-19 15:09 | かたち | Comments(0)

♪ひさしぶりに♪♪ひさしぶりに~♪♪♪日常、通常

久しぶりに、数寄和スタッフだった人たちが、
「お元気ですか?」と数寄和大津ギャラリーに集まりました。
まずは、展示されている作品の鑑賞がはじまりました。
スタッフであった人たちの、数寄和での日常。久しぶりのなかでの、通常。
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私といえば、朝から、カニさんにも会いました。
みんなで、筆と水と墨遊び♪をしました。ぴょん♪ぴょん♪と、筆が楽しそうに紙の上をハネマス♪
みんながカエル頃には、空には、ひこうき雲と夕焼け。
最初は、一本だったのに、デジカメを向けているとナント、むこうからもひこうき雲♪
♪♪♪また、あおね♪♪♪♪
そんな気持ちが空の景色となっていました。
また、あおね~♪♪♪♪♪♪♪
あーなんだか幸せ気分の一日でした。
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付記
歌川広重の「近江八景之内」には、数寄和大津ギャラリーの近くにある瀬田の唐橋あたりの風景「勢多(瀬田)夕照」もあります。
勢田川の夕焼け…瀬田川の水面に夕日が反射して、とても美しいです。
八景とは、中国の瀟湘八景を模したもののようです。
風景の対象地とそこの事象・事物を組み合わせているようです。
近江八景は琵琶湖南西岸の景勝地を指しています。
画面のなかには、それぞれ和歌も書かれています。


すきわ草子の記事にも載せておりますが、最近、短冊に墨で書いたり描いたりして遊んでいます。
葉書にも、描いたり書いたりして遊んでいます。紙と墨と筆と、そして水♪
画面のなかの、絵と言葉が、いい感じに馴染んでくれたらなぁ~♪と思います。
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by 555sukiwa | 2010-05-16 19:17 | ふるさと | Comments(0)

散華とほとけさま。散歩と詩とお茶。そして、日本の絵画。

すきわ草子で何度か話題にさせていただいた芥川龍之介の「蜘蛛の糸」。
好い匂いが溢れている極楽の蓮池のふちをお釈迦様が歩いておられる場面から始まります。
そして地獄の場面が出てきます。
極楽も、地獄も、知らないけれど、知っているように思うのは、どうしてでしょうか。
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地獄の定番の針の山。
針の山を知らないのですが、針仕事をしたときに、うっかり指をついたことは、誰でも2度3度とあるのではないでしょうか。
血の池も知らないのですが、誰でも一度ならず怪我をした時に流れでた血のべっとりした感触は、知っています。何となく、痛さとともに思いだしますね。

極楽は、幸福にみちみちているところという意味のようです。
あーゴクラク、ゴクラクと思うこと、時々ありませんか。
例えば、丁度いいお湯加減のお風呂に入ったとき。(血の池とは大違いですね!)
例えば、フカフカの御布団の上に寝ころんでいるときや、芝生の上に寝転んで青空を泳ぐ雲をみているとき。(あー、針の山と大違いです!!)

花の咲き誇る極楽も、真っ暗闇の地獄も、なんだか想像できるのは、この世にも、幸福も苦もあるからかも知れません。
よつばのクロ―バ―が愛されるほど、みんな幸せ好きです。
苦しい時の神頼み♪なんて言葉も在る位、苦も、其処此処にあるようです。

四季の花々が咲き、ゆったりとした時間が流れている場所…、お寺や神社も極楽のように感じますが、どうでしょうか。
蜘蛛の糸のお話で、最初から出てくる、蓮。
蓮の花は、蓮華とよび、仏教とともに伝来してきました。

仏教で、蓮は大切な存在です。
仏さまの台座の蓮華。
仏さまの持っておられる蓮華。
蓮は泥より出でて泥に染まらずと言ったりするのを聞いたことはありませんか。
仏さまの知恵や慈悲の象徴として、蓮の清浄な花が、様々な意匠となっています。
蓮は、多くの花と違い、花と実がいっしょに出来るようです。
これは、お釈迦さまが言いたかったこと、そのものらしいです。
花実が同時にできること、これは因果具時というようです。
多くは実が後で出来ますね。
因果異時では、原因があって、その後(つまり時間のズレがあって)結果が生まれるのですが、
因果具時では、原因と結果が、同時に起こっていること、一瞬の決意のなかに既に結果が備わっています。
決意することの大切さ。そのままハスの花が教えてくれているそうです。

お寺の大きな法要でよく見かける散華。
この形は、蓮の花びらです。
現代では色紙で作った散華が多く使われているようです。
私のお寺の法要でも、紙で作られた散華が使われます。
お釈迦様のお生まれになった日の花祭りの頃に、お釈迦様が描かれた散華をいただいた年もありました。
可愛いお釈迦さまの絵が描かれていて、子どもが大切な宝物としていました。

昨日、お寺の法要で、散華をいただきました。
本の栞としてお使いいただいて、時々眺めてくださいとのお言葉がありました。
知恵となる本を開いたとき、散華を目にするということ…、苦ではなく楽ですね♪
目に見えないあの世を感じるお寺という空間は、ほっと出来る空間のように思います。
散華も、ほとけさまも、何だか幸せ気分をくださるように思います。

ちょっと散歩にお寺めぐりは、いかがでしょうか?
お寺では季節の花々を楽しめます。
すっかり、季節の花を楽しんで、そして、日本の絵をみてみてください。
美術館にも、博物館にも、そして、ギャラリーにも、ここ数寄和大津ギャラリーにも日本の絵があります。
日本の四季を彩る花を描いた絵があります。
今回の話題の蓮の絵もあります。
仏さまの絵があります。
ゴクラク、ゴクラク♪っていう気分になれるかも知れませんね♪
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☆TOKYOは、西荻窪にある数寄和(SUKIWA)からのお知らせです。☆
♪まず、5/29(土)は詩を聴く会です。
プロジェクト「La Voix des poètes 詩人の聲」
天童大人プロデュース シリーズ第495回
出演 白石かずこ
…詳細につきましては、数寄和ホームページをご覧ください。

♪6月5日から、いよいよ展覧会「絹に描く2」が始まります。
日本画の若手作家西川芳孝さんの展覧会です。
そして、展覧会初日と次の日6日は、西荻茶散歩(チャサンポーは西荻に点々と拡がる個性的なお店たちのおしゃべりから生まれた企画らしいですよ♪)というイベントもあります。
楽しそうでしょ♪楽しいって、大切ですよね。
散歩していると嬉しいことに喉が渇きます。生きているということですね。
喉を潤すお茶。心を潤す、まち。町に人、そして人に必要な様々なモノ。
お散歩しながら、自分の心を潤すモノと出会えるって、幸せですね♪
詳細は、数寄和HPで、どうぞ。
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by 555sukiwa | 2010-05-14 17:08 | すきわ日和 | Comments(0)

とらかい?会の母の日。

お題は、「母の手」。
どこかへ出かけるとき、手をふる母が見送っていました。
健康を考えながら、ご飯を作ってくれる母の手。
母というと、「手」を思う人も多いように思います。
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画像より―母なる琵琶湖。
海(うみ)を観ていると、心が、穏やかになるのは、どうしてでしょうか。
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水墨画、そして書と、墨を使って表現するには、水の使い方に工夫が必要です。
とらかい?会で、少しずつ、積み重ねている経験。
今日も、楽しい時間を過ごすことが出来ました。
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母の日、おかあさんへのありがとう。
いつも、
心配やら、
迷惑やら、
お世話やら、
…色々とごめんなさい。
と、心の中で思いつつ…
言いたい一言は、
「ありがとう♪」
ありがとうと言える今日という日にも、ありがとう♪
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by 555sukiwa | 2010-05-09 16:59 | かきぞめ日和 | Comments(1)

花頭窓は、火灯窓とも呼びます。灯りって?(花頭窓は、先回の記事にあります♪)

京都タワーは、京都の街を照らす灯台をイメージして1964年に出来たそうです。
どんなに暗いイメージの絵も、目に見えます。つまり、光があるという事を、絵を前にして、感じます。
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街の灯台であるとの京都タワー。
京都駅に着いた旅の人、
そして、京都から旅発つ人々に、カメラを向けられる日々のようです。

灯りって、人にとってどんなに大切なんでしょうか。
街の灯台から、すぐ浮かんだのが、チャップリンの「街の灯」。
ご存じの方も多いと思いますが、あらすじに私の感想を入れながら…

浮浪者の男が盲目の花売り娘に恋をします。
何とか、目が見えるにしたいと思います。懸命にお金をつくります。
盲目の花売り娘は、最初からこの浮浪者を金もちだと誤解していました。
目が見えるようになった花売り娘が、浮浪者と再会するのは、見えるようになった目で見たからではありません。

…恋は盲目という喩えがありますが、この浮浪者は、盲目の花売り娘と出会って、愛を学びます。
盲目の花売り娘も、この浮浪者と出会い、心に灯りがともったように思います。勿論、実際に目が見えるようになるのですが…
花売り娘の目が見えるようになって、想像していた白馬に乗った王子様の顔はなく、心が触れ合う度に触れあった手同士が再会します。
花売り娘は、浮浪者に少しばかりのお金を渡そうとして、手に触れ、この人だったのだと気づくのです…

チャップリンの「街の灯」。
この愛の行方の答えをみつけるのは、見たひと自身という終わりかたをしているのが、素敵です。
チャップリンは、意味のある言葉そのものではなく、意味のある言葉を見つけることの大切さを、映画を見る人に伝えてくれます。

見えるということ。
誰かが、心に灯りをともしてくれるとき、何かが、見えるようにも思います。
もちろん、お日様の光が感じられる日々は、灯りは、心へ射しているでしょう。

ギャラリーで働きながら、絵と向き合ってみると、
こんなに暗い絵!!!っと驚く絵もあります。
けれど、「こんなに暗い絵!!」だと解るのは、絵が光とともに存在するからだと思います。

「ここには、光が、ある」と、感じること…。
何か辛いことに出くわした人にとって、大きな意味のあることです。

2年前に初めて数寄和大津でギャラリートークをしました。
「よい絵とは?」がギャラリートークの内容でした。
実のところ、良い絵とは、どのようなものか?と絵描きの方々に教えて欲しかったのですが―、
問いかけてしまうと、自らの答えが必要となります。
そして、考えます。
私にとっての良い絵。
人々にとっての良い絵。
良い絵を考え出すと、生き方や在り方、愛について考えます。

一人ひとり、愛の捉え方は違います。
一人ひとり、生き方は違います。

余白のある絵に多くの人が魅力を感じるようです。
これは、みる人が、こう思いますと、絵と対話できるからだと思います。
余白の存在価値は、相手を信じ預けることのように感じます。
手がつなぐ手。この存在によって、手の輪郭がはっきりすること。手がもつモノの存在により、手としての輪郭がくっきりしてくること。
絵もまた…絵も、見る人の存在により、絵としての存在がくっきりとしてくるように感じます。

作り手と、みる人。
良い絵とは、作り手の心が表現されている絵。
良い絵とは、見る人に真直ぐ向き合っている絵。
作り手のココロと、みる人のココロに、光の橋がかかるとき。
良い絵だ!!!って、思うような気がします。
これって、絵だけでは、ありませんね。

灯り。光。…そうかぁ♪
鳥の写真のご紹介♪
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2年前のギャラリートークでも、自ら見ることの大切さが話題となりました。
素敵なギャラリートークをしてくださった若手作家の若山卓さんと山下和也さん。
お二人のブログもぜひご覧ください♪
若山卓さんのブログ「カラスときこり」
山下和也さんのブログ「よもやま解体新書」
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by 555sukiwa | 2010-05-06 15:53 | かたち | Comments(1)

花頭窓、そして鯉のぼり

今日は、端午の節句。邪気を払う菖蒲湯。
川では、鳥が水浴びを愉しんでいます。
子どもも大人も大好きなパン屋さんとケーキ屋さん♪
看板も可愛いですね。
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今日は子どもの日。
鯉のぼりのケーキを食べることにしました。
もちろん、京都は西洞院五条下がるの小さなケーキ屋さん「とむて」のケーキです。
ここには、絵本「ぐりとぐら」を思うまぁるいカステラがあり、私のお気に入りです♪
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同じく西洞院通のパンやさん「ルーク」。すきわ草子でも、何度かご紹介させていただきました。
一度、葵橋のお店へ行こうと、自転車に乗って、京都駅から向かいます。
食パンマンを思う、看板。アンパンマンは、何処に?
冗談はさておき、中に入ってびっくりです。
2Fに花頭窓があります。石山寺で紫式部が源氏物語を執筆した源氏の間にもあるという、日本に馴染みの窓です。
此処でパンが食べることが出来るなんて、やはりルークさんです。
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川沿いを自転車で走るのが、気持ちのよい季節です。
最近聴いているピアノ弾きマツタケダイスケさんの音楽を思いながら、
五月の季節を走る自転車のペダルは軽やかです。
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様々な人との関わりから、美味しいものや、美しい風景や、美しい音楽や、そして、数寄和のギャラリーで展示させていただく絵や・・・♪♪♪♪♪♪♪♪
子どもたちにも、ぜひ、美味しく味わってもらいたいなぁ~と、今日、こどもの日に思うのです。
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by 555sukiwa | 2010-05-05 12:37 | 美味 | Comments(0)


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